青海のブログ

本や映画、展覧会の記録と感想等。時々、発達障害について。

ドラマ『夜の来訪者』感想

むっちゃ忙しいです!

さて、年明けの三連休に英国のBBC制作のドラマ『夜の来訪者』(2015年)を視聴しましたので、その感想をサクッと述べます。

 

原題『原題:AN INSPECTOR CALLS』

 

 

1912年のある夜。バーリング家では長女シーラと、バーリング家とライバル関係にあるクロフト家の息子ジェラルドの婚約を祝う食事会が行なわれていた。そんな中、グールという警部が屋敷に現れ、ある1人の女性の自殺を告げる。

Amazon HPよりあらすじを引用)

 

【目次】

はじめに

原作は、イングランド出身のJ・B・プリーストリー(1894年-1984年)の戯曲で(こちらは未読です)、1946年発表。一室で展開される、いかにも舞台向きな内容でした。

 

 

このドラマ化作品(カテゴリは「映画」にタグ付しました)を、SNS上で私が敬愛する”蒸気夫人”こと五十嵐麻理さんが紹介されていたので、早速、AmazonのPrime Videoにて視聴しました。時間は87分(86分とも?)と、サクッとみられる長さなのも良いです。それだけでも十分良かったのですが、そのすぐ後、蒸気夫人のリアルタイム実況動画をスマホで流しながら、もう一度(PCで)視聴しました(笑)。

 

madamsteam.com


www.youtube.com

 

深い知識のある方の解説を合わせて視聴すると、より深く作品が味わえます。大変ありがたかったです。

 

作品の時代は1912年のある夜(※第一次世界大戦勃発が1914年)。英国のある富裕層であるバーリング家(お金持ちだけど、上流階級(貴族)ではない)では、内輪のお祝い事として、ささやかなパーティーを開いていました。

主な登場人物としては、バーリング家では家長アーサー・その妻・長女のシーラ・その弟で長男のエリック、シーラと婚約が決まったクロフト家の息子ジェラルド。そして、そこに「招かれざる客」としてやってくるグール(Goole)警部。

 

これは日本の刑事さん

 

彼が言うには、バーリング家が経営する工場の元従業員であるエヴァ・スミスという若い女性が自殺したので、それに関連して聞き取り調査をしたい、とのことで…

 

ネタバレなし感想

観た後に余韻と哀しみが残る、傑作ドラマでした。

90分足らずという長さが大変良かったです。上手くまとまっていました。原作は未読ですが、台詞の一つひとつに無駄がなく、ちょろっと言及される各人のキャラクターが、ちゃんと後の伏線になっているのが凄いです。役者さん達の演技も凄い。

 

例えば、家長のアーサーがグール警部に向かって「○○署の警部だというけど、君新顔?私は署長と懇意でねえ、一緒にゴルフ行ったりする仲なんけどさぁ…チラッチラッ」みたいなことを言って、暗に(「俺は君の”上”の人間と繋がりがあるんだぞ?」)と圧力をかけるシーンがあるのですが、それに対するグール警部の方は「私は(ゴルフを)しないんだ」と脅しを意にかけない姿勢で返答するんですよ。そのやりとり・表情がとても上手い。

 

癒着~

 

そして、作中で描かれる、「自殺した」という、エヴァ・スミスという若い女性の人生に何度も既視感を覚え、胸が痛かったです。この話を”他人事”と思える人は幸せです。私みたいに、現代日本の女性でも、視聴していて彼女の人生を「過去の話」と片付けられない人もいるのではないでしょうか?

 

バーリング家が経営する工場(工員は女性ばかり)は、長時間労働で低賃金、そして組合など無い(時代が時代ですし)らしい、スーパーブラックな職場のようです。私の前の職場みたいですね。私が勤めていた工場も、とんでもなく長時間労働で、(結構規模が大きい企業なのですが)組合が無かったです。過去に内部で組合を作ろうとしたらしいですが、圧力をかけて、阻止したようで…

 

賃上げ要求~

 

このドラマでは、エヴァを追い詰めていく状況が、バーリング家やその経営する工場の問題だけではなく、社会全体の”冷たさ”の問題にも思えてならなかったです。何でもやたらに「自己責任」という言葉がまかり通っている今の社会の話じゃないのこれ?と観ていてくらくらしました。

私は、ドラマを観ていた限りでは、エヴァを責められませんでした。彼女なりに誠実に他人を思いやって、懸命に自分の置かれている状況の中で頑張っていたけれど、報われずにああなってしまった…その様を観て、暗澹としました。エヴァはその気になれば、もっと意地汚くしたたかに立ち回ることも出来た筈です。でもそうしなかった。

そんな彼女を、世間はどう扱ったか…

 

自由主義経済が世界を席巻する、今こそ見るべきドラマだと思いました。誰でも、バーリング家の人々や、エヴァ・スミスになりかねない、この現代において。

凄まじい貧富の差

しかし、バーリング家、これほど富裕な生活していても、英国でも上流階級とは言えない、かの国の階級社会はなんて凄まじいんだと思いました…

 

以前、このブログでも言及したかもしれませんが、近代看護の母と言われるフローレンス・ナイチンゲールも出身はジェントリ(※貴族階級ではない)ですが、富裕層です。その気になれば、同じクラスの男性と結婚して、不労所得で一生遊んで暮らせる身分の人でした。だから、彼女が「看護婦として働きたい」と言って実行したことが、当時周囲から、いかに「狂気の沙汰」扱いされたということがこのことからも伺えます(※看護婦は、当時は無学でふしだらな売春婦と同様な存在と見なされていました)。

 

ナイチンゲール

 

何せ、名前の「フローレンス」からして、彼女がイタリアのフィレンツェで生まれたから、こう命名されたのですが(”フローレンス”は英語表記)、彼女の両親が2年間新婚旅行していた「途中」でのことです。ちなみに、姉のパーセノピーはナポリで生まれています(パーセノピーはナポリの古名)。

 

知らず知らずのうちに影響を与え合っている

閑話休題

 

夜の来訪者』では、「どこで他人の運命へ(ネガティブな意味で)影響を与えているか分からない」という描写が怖かったです。自分が意識しないところで人を傷つけたり、追い詰めたりしているか…恨みを買っている可能性があるという恐ろしさ。

同様の主題は、連載中の傑作漫画『天幕のジャードゥーガル』(超おすすめです!)でも描かれていました。

 

 

これでも、人によっては「でも、そうなったのは結局、その人の責任でしょう」と切り捨てようとするかもしれません(このドラマの中でも登場人物が言っていたように)。お気の毒に、でも所詮、自分達には「他人事」だと。

でも私達は皆繋がっています。望むとも望まぬとも関わらず。歴史がそれを証明しています。昨今のロシアのウクライナ侵略一つとっても、既に私達の生活に影響がでています。グローバリズムの中で生きるとはそういうことです。

他者の痛みへの無関心と責任逃れを重ねた先には、「炎や血や苦悶を通して」その教訓を思い知らされるーそうならないと、誰が言えるでしょう。今の世界情勢を見ていても、このドラマが架空の話に過ぎないとは、どうしても思えないのです。

 

とはいえ、私はここに、「知らないところで誰かを勇気づけていたり、救っている」というポジティブな可能性も見ています。私自身が、他の人の生き様に勇気づけられたことがありますから。その人は、ご自身の人生を懸命に生きていただけで、誰かを励まそうとか思っていた訳ではないと思いますが…

 

 

 

…さて、この後、ネタバレ有り感想をちょろっと掲載します。ネタバレしたくない方は、読んではダメですよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ネタバレあり感想

終盤のエヴァの自殺シーン。

 

あれだけ、彼女は社会や関わった人々に突き放され、無関心に見放されていたというのに…

 

 

自殺するため、消毒薬を飲んで苦悶するエヴァを救おうと、多くの人達が寄ってたかって関わり、病院でもスタッフ達が治療に必死になっている様に非常に皮肉を感じました。本当に彼女の短い生涯は、可哀想でした…

。・゚(゚⊃ω⊂゚)゚・。エーンエーン

 

謎の警部のグール(Goole)という名前は、山岸 凉子先生好きな私には、屍肉を喰らう架空の怪物、グール(Ghoul)を連想しました。この両方の名前の発音は、ほぼ同じだそうで、蒸気夫人はここから、この警部の正体は「悪魔」だと推測されています。だとしても”屍食鬼”じゃちょっとあんまりだと思いました。臨終時のエヴァに寄り添っているシーンを見ても。

 

 

 

 

 

(ネタバレ終わり)

 

それでは、また!