青海のブログ

本や映画、展覧会の記録と感想等。時々、発達障害について。

『水村 喜一郎 油絵展』@ギャラリー枝香庵 感想

寒い日になるとほっとします(首都圏)、冬は寒くないと後々怖いです。

さて、銀座のギャラリー枝香庵にて開催中の、画家・水村 喜一郎氏の個展の鑑賞記録です。

主体美術協会公式サイトより引用

 

過去のブログでも記事にしましたが、昨年初めて、画家 水村 喜一郎さん(1946年 東京向島生まれ)の個展に行き、ご本人とも少しお話できました。

aoumiwatatsumi.hatenablog.com

 

それで、今回の銀座での個展でもDMをいただいたので、夕べ、仕事帰りに勇んで行ってきました。

 

ギャラリー枝香庵の銀座ビルディング入口にて

 

会場は、ビルの7・8Fにまたがるギャラリーで、7Fの部屋に、画家ご本人がいらっしゃいました。ただ、ご友人達?と談笑中でしたので、ご挨拶は遠慮。

 

関係者らしきおじ様が声掛けするよう勧めてくださりましたが、流石にそこまでは…と展示作品を鑑賞後、芳名帳に名前を書いて、そのまま辞去しました。

 

ギャラリー枝香庵公式サイトより引用

 

今回の展示で印象的だったのは、画家の1960年前後頃(ティーンエイジャーな時期)の作品群があったことです。つまり初期作品です。過去記事に書いたとおり、水村さんは9歳の時の事故で両腕が無いのですが、”事故以後”の作品ということになります。

流石にこの時期の作品は売り物扱いではありませんでした(※本記事掲載の画像は、当時の絵ではありません)。

 

今回の展示で知ることができたエピソード。画家のご尊父は向島の鳶の親方だったそうですが、その御父上が( ゚Д゚)ハァ?油絵って何だそりゃ?と言う陰でこっそりと、ご母堂が油絵セットをプレゼントしてくれた、裕福ではない生家故、当時は比較的安価だった茶系絵の具中心に絵を描いていたとか…また、中学生の時、在日コリアンの親友が北朝鮮に帰国していったという思い出も。当時のご自分とその親友が支え合うように腕を組んでいる様を描いた絵もありました(せつないのう…)。

 

ギャラリー枝香庵公式サイトより引用

 

故・州之内 徹氏の著書『人魚を見た人―気まぐれ美術館』に書かれていた話だったと思いますが、水村さんについて、その同級生達や、画家の御母上までが「(水村さんは)両腕を失って良かった、五体満足だったら、必ず切った張ったの世界の住人になっていただろうと皆口を揃えてコメントされていた…そうです。

 

 

(ここからは、水村さんご自身の文章からですが…うろ覚えで書いています)当時の鳶職は、身一つで勝負するハードワークで、脛に疵持つような職人も少なくない。だからそれを取りまとめる親方は凄くおっかなかったそうです。その意味で、本来後継者だった筈の喜一郎少年は素質十分だったのかな…と思います。

 

ギャラリー枝香庵公式サイトより引用

 

元々がガキ大将だった上に、両腕を失った事故の後退院して復学したら、クラス中が「水村が来たぞ!」とワッと取り囲んで大歓迎。その後も友達とサッカーに興じていた…というから、凄い陽キャなのですよ。私が直にお話した時は、流石に(年齢上か)落ち着いた印象でしたが…

 

ギャラリー枝香庵公式サイトより引用

 

とっても良い展示でした。

~1月30日(火)まで(11:30~19:00、最終日は17:00まで)。

 

帰路は東京駅まで歩きました

 

それでは、また!