青海のブログ

本や映画、展覧会の記録と感想等。時々、発達障害について。

映画『ハマのドン』感想(『ある沖仲士の生涯』と合わせて)

警察官漫画『ハコヅメ』が現在(最終話除いて)無料配信なので、必死こいて一気読みしております。

 

さて、先日公開ギリギリでドキュメンタリー映画『ハマのドン』を観たので、それにまつわる感想等あげます。

 

5月から劇場公開

hama-don.jp

 

2023年製作/100分/G/日本
配給:太秦

 

評価:★★★★☆(5つ★満点))

 

カジノ誘致問題に揺れた2021年の横浜市長選で反対派の急先鋒に立った政治家・藤木幸夫を追ったドキュメンタリー。テレビ朝日が製作した2022年2月放送のドキュメンタリー番組を劇場版として公開。

2019年8月、「ハマのドン」と呼ばれる91歳の政治家・藤木幸夫が、横浜港へのカジノ誘致阻止に向けて立ちあがった。地元政財界に顔が効き、歴代総理経験者や自民党幹部との人脈も持つ保守の重鎮が、政権中枢に対して全面対決の姿勢を示したのだ。決戦の場となった横浜市長選で藤木は、住民投票条例の署名を法定数の3倍も集めた市民の力にすべてを懸けた。

裏の権力者とされてきた藤木が市民と手を取りあい、カジノ誘致を覆すまでの軌跡を追う。テレビ朝日報道ステーション」のプロデューサーを務めた松原文枝が監督を務めた。リリー・フランキーがナレーションを担当。

 

【目次】

 

映画を観に行ったきっかけ

また影響受けてしまった…以下リンクの方のnoteでたまたま知り、上映終了ギリギリに、渋谷のユーロスペースにて観てきました。

 

note.com

 

最近、全然公開映画情報をチェックしていなかったので、情報に感謝です。

私の勤め先(物流関係)は、港湾事業も手掛けているので、これは絶対外せない”視聴必須”映画だ!と急ぎ観に行きました。横浜港の山下ふ頭へのカジノを含むIR(総合型リゾート施設)誘致計画についてや、それに絡んだ2021年の横浜市長選挙の動向に関しては、報道で漠然と見聞きしておりました。誘致反対に絡んで、横浜港の港湾事業者のトップ(全国の港湾労働者のトップかもしれない)とも言える"ハマのドン"こと、藤木幸夫氏の名前も。

上記の横浜市長選挙結果が、IR誘致計画を粉砕し、当時の菅政権に打撃を与えたこともぼんやり憶えています。

 

映画を視聴した感想

映画を観て、私はそれ程「スカッと」はしませんでした。

 

藤木幸夫氏(中央)※映画.com HPより引用

まず映画で言われていた「主権在民」と聞いても、IR反対派の中心だった藤木幸夫氏は、一介の民間人というより”政治家”じゃないですか、あの方。神奈川県では最古参の自民党員ですし(映画では歴代の首相達と一緒に映った写真がずら~っ…と)。この方がいなかったら、反対派が勝てたかどうか。

後、無責任なイメージで言いますが、IR推進派のトップたる菅首相(当時)では正直役不足というか…ドナルド・トランプ クラスのルックスの人が敵役でないと、いまいち。対決する藤木翁(当時91歳!)の方が菅さんより風格があるというか、強そうに見えるんですよ。

 

藤木幸夫氏に関しては、当初IR誘致に賛成されていたということもあり、そんなに綺麗な話ではないな…私程度の人間でも思いました。ご尊父(藤木幸太郎氏)の代から港湾からの博打排除の姿勢(それをきっかけに介入する反社会的勢力の排除でもある)があったとはいえ、じゃあ日本に今あるギャンブルーパチンコや競馬、競艇、競輪の類ーには反対していないようですし、親がギャンブル依存症であることで、子供達への悪影響がある…という話も、90年以上生きてきて世の中の表も裏もご存じな方が今更そんなことに驚くなんてありえない、と懐疑的でした。

 

ただ、アメリカで多くのカジノ施設の設計を手掛けている村尾武洋さんと言う方の内情暴露?の話は面白かったです。

 

村尾武洋氏 ※タウンニュース社 HPより引用

 

アメリカではカジノ産業は現在飽和状態で、華僑の老人達が賭ける金額も昔より低いそうです。そうしたカジノの一つの周辺のエリアも昔は芋の子を洗うくらいの混雑状況だったと言いますが、今は閑散としている映像も中々衝撃的。

つまり、あまり儲けられなくなったカジノ業者達が、今度は日本をターゲットにしてきたということです。というか日本の老人達のタンス預金?(酷い)これでもし横浜に強引にカジノ施設を建造しても、盛況なのは最初だけだったのでは?と思います…

 

港湾事業者・港湾労働者の歴史

先に偉そうに書いてしまいましたが、藤木幸夫氏も、そのご尊父の藤木幸太郎氏も横浜港、ひいては日本の港湾事業に大変功績があった方々で、私などから見たら、偉大な先達者でいらっしゃいます。

 

この映画を視聴することで、港湾労働者やそれを束ねる港湾事業者が「世間からどういう目でみられてきているのか」、その一端に触れることができたのは良かったです。

 

沖人夫はバクチに明け暮れ、喧嘩ばかりして、極道者と同じ扱いだった。

(祖父江一郎著 『ある沖仲士の生涯』より引用)

※沖人夫(沖仲士)→港湾労働者のこと

 

昔の港湾労働者達 ※映画.com HPより引用

 

例えば、以下にいくつか、各港湾労働者の組合が掲げる綱領や目的、規約の一部を引用します。

 

横浜港湾労働組合連合会

綱領
二、我々は、労働の自覚に徹し、友愛の精神に基づき労働者の社会的・経済的地位の向上を図る。

http://www14.plala.or.jp/hamako-roren/

 

全国港湾労働組合連合会(全国港湾)

目  的

この組合は、加盟組合相互の緊密な連携と信頼の上にたって、綱領、運動方針の実現をはかり、労働者の政治的、社会的、経済的、文化的地位の向上をはかることを目的とする。

http://zenkoku-kowan.jp/union.html

 

日本港湾労働組合連合会

規約
(目 的)第7条
この組合は綱領を達成し、もって組合員及び港湾労働者の経済的・社会的・政治的地位の向上を図ることを目的とする。

http://nikkororen.jp/location.html

 

…等々。映画でも、藤木幸夫氏がこのような綱領?の一文(どこのかは忘れた。横浜港湾労働組合連合会か?)を上げて、「”地位の向上”と言っているけれど、つまり元の地位が高くなかったんだよね」という意味のことを言われています。

この辺り、昔の港湾労働者達のことを、「この人達は(貧しくて)食べたいものを食べられなかった、着たい物も着れなかった」と評されています。貧しく、危険が多い労働に従事せざるを得なかった港湾労働者達。彼らと極道者との親和性は極めて高い、どころか不可分?だったくらいです。

そういった港湾労働者達を取りまとめるには、「博打はダメ」といきなり言っても、皆にそっぽを向かれます。そういった中から、「賭場を開くが、ヤクザ者は入れない、この中で皆博打をやれ」と言ってだんだんヤクザを港湾から排除していき、港湾のクリーン化に努めてきたのが藤木幸太郎氏であり、それを引き継いだのがご子息の藤木幸夫氏といったところでしょうか。

 

この辺りの話は、今回映画鑑賞の参考書として合わせて読んだ『ある沖仲士の生涯』でも読むことができました。

 

タイトルの文字は藤木幸夫氏揮毫

 

また、『ある沖仲士の生涯』にも書かれている山口組3代目田岡一雄組長と藤木幸太郎氏の交遊ですが、映画でも伺えます。藤木幸太郎氏が叙勲された時のお祝いの会の記念写真が写りますが、お祝いに集まったメンバーの中に、田岡一雄氏や住吉会会長(当時)が見られます(映画では幸夫氏が「(山口組住吉会の抗争について聞かれて)喧嘩しているのは下っ端同士、親分同士は仲良かったの」なんてコメントするシーンもあります)。

幸太郎氏はあくまで「港湾事業者仲間として」付き合っていたようですが、世間はそう見てくれないでしょう。私としては「住吉会もそうだったんだ…」と勉強になりました。”港会”とか名乗りがまんまですし、芝浦にシマがあったようですし。

 

田岡氏の功績の一つは、神戸港の近代化に貢献したことですが、田岡氏設立の港湾事業の会社 甲陽運輸が「山口組の資金源だろう」と言われていたこともあり、港湾事業者には=893者というイメージがついてまわることになりました。

 

ameblo.jp

 

例えば、史村翔原作・池上遼一”神”作画の漫画『サンクチュアリ』5巻で、極道者の渡海さんが刑務所仲間の大西英二という北九州の極道と再会するシーンですが、この大西は下図のとおり、港湾労働者として働いているシーンがあります。これは明らかに田岡一雄氏がらみのことがイメージ源かと思われます。

 

サンクチュアリ 5巻』より引用

 

というか、上図の港湾でのシーン、渡海さんが明らかに関係者以外立ち入り禁止のエリアにノーヘルで侵入しているのが気になります…(;'∀') 安全管理上、ヤヴァイですよ…

 

 

藤木幸太郎氏は田岡一雄氏にも足を洗わせようとしていたようです。でも、田岡氏はこう答えたようです。(映画で幸夫氏が話されている)

「この田岡のために今、旅に出ている(※服役している)者が何人もいます。そいつらが全て戻ってきたら…」

→(幸夫氏)「…なんてね、無期懲役のやつらもいるんだから…」

笑えません…(汗)

 

このような付き合いがあったことから、藤木幸太郎・幸夫氏は893者と見られてきたようです(幸太郎氏は実際一時はそちらの世界にもつながっていたようですが)。

 

幸夫氏が永田町で政財界の集まりに出ると、「あなた”あの”藤木さん!?(893に見えない)」と何度も聞かれたりしたそうです。また、映画で幸夫氏が証言する、 国土交通大臣就任時の前原 誠司氏との会話も印象的です。

前原氏「(モジモジして)あのう…:( ;´꒳`;):」

幸夫氏「ハイ、何ですか?(●´ω`●)」

前原氏「…聞いても怒りませんか?:( ;´꒳`;):」

幸夫氏「怒りませんよ、何ですか?大臣は港のことを何でも知っていただかなければいけません」

前原氏「…藤木さんは、”そういう方々(893)”とつながりがあるんですか?:( ;´꒳`;):」

幸夫氏「((;¯Д¯)なんじゃと?)」

…という感じ。

 

『ある沖仲士の生涯』について

今回映画を視聴するために、『ある沖仲士の生涯』を読了しました。本書は横浜港近代化・発展の功労者である藤木幸太郎氏の一代記といった内容です。「お勉強」として読んだのですが、意外と面白かったです。幸太郎氏だけでなく、その父たる桜木岩五という人物も、先見性のあるスケールの大きい人物だったと見受けられます。

www.amazon.co.jp

 

上にあげた写真に見られる、タイトルを揮毫されたのはご子息である藤木幸夫氏です。つまり幸夫氏の検閲を受けた、藤木一族寄りの内容ということになりますが、結構書かれた内容は信用できるのではないかと思いました。

 

鳥取丸の航海は命がけだったようです

というのは、例えば、第一次世界大戦時メキシコで燃料不足になった海軍船に燃料の石炭を届ける、外航船「鳥取丸」での航海記のくだり。このエピソードは、台風との遭遇や、ドイツ軍潜水艦との駆け引きもあり、かなり面白い内容なのですが、幸太郎氏が石炭荷役のために乗船している人夫仲間の一人を、やむを得ず殺害するシーンがあります。極限状況の中、他のメンバーを生かすためにした行動なのですが…

 

大の虫を生かすために小の虫を殺します。

(祖父江一郎著 『ある沖仲士の生涯』より引用)

 

この殺人は、海軍がらみの任務中ということもあり、超法規措置として結局罪には問われなかったのですが、幸夫氏としては、父親の殺人シーンの掲載された書籍の出版を許しているのが吃驚です。それを言うなら、前述の幸太郎氏と田岡一雄氏との交遊も隠さず、書かれていますが。

他にも、幸太郎氏(この時点で妻帯していた)が女郎を買うシーンも書かれていて、親の情事に関するシーンを読んで確認する幸夫氏のことを思うと微妙な気持ちになりました。

 

この本は未読。手前が幸夫氏、奥の写真は幸太郎氏

 

藤木幸夫氏の人柄

映画『ハマのドン』に戻ります。藤木幸夫氏の人間的な魅力溢れるお人柄は、(政治的なことは別として)とても魅了されました。

 

中でも、敗戦直後、街でたむろしていた不良少年達を集めて少年野球チームを結成した話は印象的でした。食べ物もなく、喧嘩ばかりしていた少年たちを集めて、野球をさせ、そればかりか本を読ませて感想やら色々なテーマで討論会をさせて自分の頭で考えられるようにしたとか、メンバーで町の夜回りをさせたり(!)とか。ちなみにこの当時、幸夫氏は15歳。凄いやり手です。三つ子の魂百まで。しかも、このレディアンツという野球チーム、今も存続しているそうです!

少年野球チームを結成

 

勿論、港湾の大親分の御曹司だったから、物資に恵まれていたー敗戦直後でも、少年達にやる食べ物やユニフォームや野球道具を揃えられたーのでしょう。藤木氏は大変な読書家らしいですが、当時は自分の蔵書を読むよう与えたのかとも推察します。でも、お金や物資に恵まれていても、ティーンエイジャーでこれだけやろうとする人は中々いないと思います。人も中々ついては来ないでしょう。凄いバイタリティーとカリスマ性を感じました。

 

…だらだらっと語ってしまいましたが、私にとっては、港湾の歴史や今を考えるに際し、この映画を観たことは意義があったと思います。

 

現代の港湾 ※映画.com HPより引用

 

それでは、また!