青海のブログ

本や映画、展覧会の記録と感想等。時々、発達障害について。

2023年8月 石川県旅行③(能登_能登金剛、富来地頭町)

前回から、だいぶ間が空いちゃいましたね(;´∀`)もう、10月です…

 

さて、8月の石川県旅行(能登・金沢)の振り返りの続きです。

 

海が透明感高くて本当に綺麗でした

 

朝、予約したタクシーで、能登金剛(能登半島西側沿岸の景勝地)を回りました。まず、機具岩(はたごいわ/能登二見とも呼ばれる夫婦岩)へ寄ります。

 

機具岩(はたごいわ)

 

そこから移動して、巌門(がんもん)周辺を遊覧するクルーズ船に乗船しました。障害者手帳で安くなるのですが、出さないで乗船しましたが、良かったと思います(平日で乗客が少なくて申し訳なかったので…)。

 

遊覧船乗り場からもう海が綺麗で

猪の鼻先の形をした岩場、分かります?

荒々しい景観。冬は波が高くて大変らしいです

巌門。火サスの舞台でも良く使われる場所

 

夏の日本海はとっても美しかったけれど、冬は波が高くて凄く大変らしいです。

冬の能登は「岩海苔」が名産で、波が強く当たる岩場などに自生するそうですが、これをその厳しい冬の海での漁で採取するそうです。このクルーズでも、沖の岩場にコンクリートを固めた人口の滑らかな「島」をいくつか見ましたが、これは岩ノリを採取しやすいように造ったそうです。

 

noto-satoyamasatoumi.jp

 

www.youtube.com

 

しかし、この岩海苔漁、冬の日本海の風は凄まじく、波は高くて寒いし冷たいし、命がけらしいです。宿の「湖月館」でも伺った話では、過去漁で亡くなられた方もおられるとかで、半端ないです。

それだけ大変な労力と危険を侵して採取した岩海苔ですが、高価で地元の人の口には中々入らないそうです(あるあるですな)。

 

さて、遊覧船クルーズも無事終えて、まだ午前中ですが、宿に戻ります。

私は車の運転はなく、公共交通機関頼りで来ているので、宿への帰還は地域の「しかバス」(巌門付近→富来集落行きは1日に午前の1本しかありません)を利用しました。

 

お昼近くなったところで、湖月館の大女将と約束していた、過去にこの宿に来られた文人墨客・著名人の方々の色紙類を見せていただきました。

 

前回の記事でも書いたように、湖月館は、作家 福永武彦氏ゆかりの宿として知られています(他にも色々な方が来られたのですが)。

 

kogetsukan.com

 

旅から帰ってから読んだのですが、福永氏の随筆集『遠くのこだま』収録『貝合せ』という随筆に、この湖月館のことが書かれています。文中の「むすめむすめした若いお嫁さん」が、現在の宿の大女将でいらっしゃいます。

 

湖月館でいただいた可憐な桜貝たちと一緒に

 

湖月館に泊まると、写真のような綺麗で繊細な、桜貝をいただけます。この近隣の増穂浦海岸でよくとれるそうです。

 

増穂浦海岸は桜貝で有名

 

桜貝の良いものが採れるのは、冬だそうで、湖月館では、毎年冬にお弁当を持って1日貝拾いにあけくれるそうです。「まあ、優雅な…」と思っていたのですが、後から聞いたところ、超ハードな作業だそうです。

何せ、真冬の日本海です。強風が吹きすさぶ中(物凄い寒いらしい)、1日作業で拾うので、大変だそうです。でも、冬じゃないと、良い貝は拾えないそうです。

可憐で繊細な貝の採集に、そのような裏話があるとは思わなかったです。

 

さて、湖月館の色紙の話にもどりましょう。食堂である館内のミニバーには、福永武彦氏の写真やポスターが飾られています。

 

暗い写真ですが(^^ゞ

福永武彦氏のポスター(背景にゴーギャンの絵が)

 

大女将曰く、以前、作家の池澤夏樹さん(※福永武彦氏のご子息です)が娘さんと、その婚約者の方と一緒に投宿された際、「お嬢さんの顔が、(ポスターの)福永先生そのまんまでした」とのこと。遺伝子!(娘さんとは、池澤春菜さん⁉)

 

と言う訳で、まずは福永武彦氏の色紙を見せていただきました。

(※色紙の写真は、若女将の了解を得て、公開させていただきます)

 

福永武彦氏の色紙 著書と一緒に

 

持参した、「忘却の河」「廃市・飛ぶ男」の文庫本と一緒に撮影です(ミーハー)。

 

 

福永武彦氏の色紙は、宿の客室にも表装されたものが飾られています(私の泊まった部屋ではありません)

 

繰り返し描かれたようです

これも客室に掲示

 

他の滞在客の色紙に戻りますが、大物揃いです。

アメリカの物理学者 リチャード・P・ファインマン氏(ノーベル物理学賞受賞(1965年))の色紙も。

 

ファインマン氏の色紙

下部の図形は、ファインマンダイアグラムというそう

 

ja.wikipedia.org

 

湯川秀樹博士の縁で、金沢へ講演に来られた際に、どうしても「一週間湖月館に泊まりたい」と、何度も宿の方々が断ったのに強い要望で滞在。辞書と身振り手振りでコミュニケーションしたが、大女将曰く、「とても楽しかった」そう。

ファインマン博士は、マンハッタン計画に加わっていた方です。日本人としては複雑な気持ではありますが、非常に魅力的な為人だったことが、こういったエピソードから、伺えます。

 

ja.wikipedia.org

 

ファインマン博士は湖月館に滞在中、辞書で調べて、「今日(宿のスタッフ達に)こういうこと言おう(`・ω・´)」と話したい文をメモしていたそうです。大女将(当時は若女将)の顔をファインマン氏が紙袋にスケッチしたものや、「アメリカへ来た時には、僕んちに泊まってね!(*´꒳`*)」とカリフォルニアの住所をメモした紙片(個人情報!)など、湖月館では、今でも大切に取っておられます。

 

他に、(スナック菓子の)カールおじさんで知られる、ひこねのりおさんの色紙がミニバー内に飾られています。

 

ひこねのりおさんの色紙

 

宿の大旦那さん(大女将のご主人)と東京芸大で同窓(!)だったそうです。

 

また、能登出身の書家・文人画家であった横川巴人氏の色紙(書)。この方の色紙が一番インパクトがあったかも?

 

横川巴人氏の色紙(書) 右の字は「夢」

 

右側は「夢」と書かれているそうです(この字が大好きだったとか。)

湖月館入ってすぐの館内に飾られている書(下写真)も巴人さんの書。先代の大女将(故人)と巴人さんが大変仲が良かったということもあり、湖月館には巴人さんの作品が沢山あるそうです。古き良き時代の話… 

 

奥の「湖月館」の書は巴人さんの作

 

湖月館の大女将に、横川巴人さんの評伝?みたいな書籍も見せていただきました。こんな魅力的な芸術家がおられたとは…(絵も素敵でした)

 

他にも錚々たる方々の色紙が。

 

梅原猛さんもいらしていた

赤瀬川原平さんもいらしていた…

森崎和江さん『海路残照』だけ読んだことがあります

登山家の小西政継さんの色紙

写真家の篠山紀信さんも

 

いや、見ごたえがありました。大女将の解説付きで、じっくり拝見できました。

 

お昼は、近所の橋本食堂でとり、午後は、少し外出した以外は、基本宿でお勉強(情報セキュリティマネジメント試験対策…)をしていました。ワーケーションっぽい?

 

夜の宿でのお食事は、またまた豪華でした。

 

次から次へとご馳走が…

ええ?まだ出るの?と驚き

ふぐの天ぷら。もう食べらんないよ~

 

そんなこんなで、日本海の食を堪能しました。

「次は、冬に来てください、岩海苔のしゃぶしゃぶや、鱈鍋が美味しいですよ(`・ω・´)!」と宿の女将に力説されました。前述の、冬の能登の名産である岩海苔をいしり(能登特産の魚醤)の汁でしゃぶしゃぶにしていただくのが、絶品らしいです。

 

冬の能登かあ…車の運転しない身には、ハードル高いですが(;´∀`)

 

さて、次回はやっと金沢へ移動します。

 

この旅行のシリーズ記事は、↓以下

 

aoumiwatatsumi.hatenablog.com

 

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