青海のブログ

本や映画、展覧会の記録と感想等。時々、発達障害について。

『コンビニ人間』村田沙耶香 著 感想

今更ながら、村田沙耶香さんの小説『コンビニ人間』の感想です。
読書会の課題本だったため読みました。

 

f:id:aoumiwatatsumi:20210421222746j:plain

さくさく読めました

※注:盛大にネタバレしています
評価:★★★★★(5つ★満点))

 

コンビニ人間 (文春文庫)

コンビニ人間 (文春文庫)

 

 

【目次】

 

概要


第155回(2016年)芥川賞受賞作。

あらすじ


古倉恵子は同じコンビニで18年間も働き続けるアルバイト店員。就職も、恋愛経験もない独身の36歳。彼女は普通の人と違う思考や言動で浮いてしまうため、学生時代は「黙る」ことで、また職場では同僚の口調や服装をトレースしながらなんとか乗り切ってきました。

完璧なマニュアルによって支配されている「コンビニ」でのバイトは彼女にとっては天職。そんな古倉さんの職場に、就労動機を婚活だとほざく白羽(社会不適合者のクズ男)が新人として入ってきて、すぐクビになります。

その後、彼女はこのクズ男と奇妙な同棲生活を始めるのですが…?

 

感想


面白かったです。芥川賞受賞直後に、パラ見したので、大体のあらすじは知っていました。パラ見で済ませたのは、白羽がクズ過ぎて不快だったのと、主人公の古倉さんへの周囲の「普通」の人々の干渉が息苦しかったためです。


でも、きちんと通して読めて良かった。

 

f:id:aoumiwatatsumi:20210421223635j:plain

植物が成長する季節ですね
多様性だなんて上辺だけ


私は、古倉さんが好きです。おそらく発達障害で(他人とは思えない)、サイコパスなんでしょうが、真面目だし、コンビニバイトでも自立して生きていますし、誰に迷惑をかけている訳でも無い(かけないように心掛けて生きている)。

 

そして、この人なりに感情があり、"愛"を知っているという印象を受けました。

だって、小鳥の死骸を、焼き鳥が好きなお父さんに食べさせてあげようとするんですよ。発想は斜め上ですけれど。そして家族は自分とは異なる存在と認識しつつも、「愛してくれた」ことを分かっている。

 

そんな彼女を放っておいてくれず異常扱いして「こちら側」に来るよう強いる普通の人々には静かな怒りを覚えました。"違う"存在だけど、人に"迷惑"をかけていないなら、「見て見ぬふり」くらいできないのか、と。

 

「普通」への根強い信仰


この小説、非常に宗教的な表現が多いと思いました。


マニュアルは聖書、白羽が職場のコンビニでの朝礼を「宗教みたいですね」と評する言葉にそうですよ、と心の中で応じる主人公。彼女はコンビニのチャイム音が「教会の鐘の音に聞こえる」し、「この光に満ちた箱の中の世界を信じている」。

 

そして、「普通」「世間」「常識」を信仰する人々。そこから外れる人を意識的・無意識的に排斥する静かな暴力性。ただ、数の問題なのに。

 

親が言っていました。昔は、離婚が少なくて、離婚した人がいると、「あの人離婚したんだってヒソヒソ( ゚д゚)ヤダァ(゚д゚ )ネェ」って言うのが「普通」だったって。
今は離婚がすっかり多くなり、差別するどころではなくなったのですけれど(笑)。身内でも離婚した人がいますし。「普通」とか「常識」なんて、そんな状況次第でいくらでも変わるあやふやなものだということが分かります。。

 

私が昔からうんざりしているのは、世の中の多くの人が何故当たり前のように「隣の人も、自分と同じようにものを見て、考えている」と信じてしまっているのかということです。それで、横にいる人間(私)が「人の形をしているけれど、中身は自分達と異なる何か」と気づくと異様な目つきになるんですけどね。

 

しかし、古倉さんが世間を納得させるために白羽と恋人関係を偽装するのは、ありうる話だと思いました。私の昔の知人でも、そんな例があるんですよ。疑似家族というか、実質夫婦じゃないけれど籍を入れて、たまたま行き場のない赤の他人の赤ちゃんを引き取って、表向きは「家族」の顔で過ごしているらしいです。小説では、白羽を選ぶのは駄目だろ~と思って読んでいましたが。

 

怒りを感じた点


小説で腹立たしいのは、古倉さんの妹が「お姉ちゃんは、いつになったら治るの……?」というところ。つまり、目の前の姉を認めていない。凄く失礼。妹を傷つけるようなことをしない、自立して家族に経済的な迷惑をかけないといった点をどうして評価できないのか。

しかしこの姉妹、新井素子の「ひとめあなたに…」のひたすら勉強する姉と、その妹の組み合わせを思い出しましたよ。あの話も狂っていた。

 

ひとめあなたに… (創元SF文庫)

ひとめあなたに… (創元SF文庫)

 

 

それから、「嫌い」「逮捕されたらいい」と言っていた白羽と古倉さんとが付き合っている?(誤解だけど)と知った職場の仲間達が誰も「あんな男やめろ」とは言わないこと。ただ、「良く分からなくて不安の元だった人がやっと自分達の理解がある側にきた!」とはしゃいでいるだけなんですよ。彼女のことなんか本当に思いやっていない。

 

白羽のでまかせにすがりつく古倉妹も、「そういうことにしておきたい」だけ。自分の安心のために幻想にしがみついている。このシーンも妹が「まるで教会で神父さんに出会った信者みたいな顔で」と描写されています。まさに「普通」という宗教の信者。

 

"神"に仕える巫女


最後、コンビニの「音」が「声」となってヒロインの中に流れ込む(まるで天啓のように!)ところからは怒涛の展開で、読んでいて楽しかったです。素晴らしいハッピーエンドだと思いました。


"異物"として充足し、自分自身を全うしようとしている新生した主人公の姿が神々しくさえ思いました。もはや、コンビニと言う"神"に仕える巫女の風格。

 

正確な表現


作品内で、主人公が自分を"異物"と評する言い方が、非常に適切だと思いました。
私も、昔から"おかしなもの"を見るような視線を受けることはしばしばですが、もう"人"扱いではないのです。"異物"という表現が一番正確。

妹の息子を「こっちの赤ん坊のほうが、大事にしなくてはいけない赤ん坊なのだろう」と見る主人公の「ものの見方」もとても正確に描かれていると思いました。赤ん坊や幼児を無条件に愛おしむ人を見ると、異星人を見たみたいにビックリする私にとっても、共感しきり、でした。

 

一番私に近いのは


…とはいえ、作中の登場人物で一番私に近いのは、(不本意だけど)クズで愚劣な白羽だと思うんですよね…
古倉さんのように、コンビニの仕事をこなすことは、私には能力的に不可能です。多くの人があまり考えずにこなしていることが本当に出来ない人間っているんです。


白羽もおそらくそうなんでしょう。それでいてプライドが変に高い。そして意識では自分を「普通」のカテゴリにおいてしまっているのですよ。だから非常に生きづらい。

「ネット起業をする、沢山の女たちが僕に群がるだろう」と言っていたのが、

「僕を世界から隠してほしい」「ぼくは一生何もしたくない。一生、死ぬまで、誰にも干渉されずにただ息をしていたい。それだけを望んでいるんだ」

と言うにいたって、ああこれがこいつの本音なんだなと思いました。

 

大嫌いな奴だけども、ここは超共感しました(笑)「お前は私か?」と。

 

物語の結末からその後、「まともになること」を振り切った古倉さんに対して、周囲の人達はどんな反応を示すのか?と気になります。

 

…まあ、家族やミホさんたちとは距離を置いた方が良いかと思いますけど。一見とても孤独な人生を送りそうですが、本人はそれをあまり苦にしないのではと思います。コンビニという神と通じ合う今となっては(コンビニで働き続ける限り)独りではないのですから。

f:id:aoumiwatatsumi:20210421224720j:plain

異常な人間でも、花は綺麗に感じられる

 

古倉さんの前途に、幸あれ!!